弟が進学のため家をでてぽっつり暮らしをしていますそちらのほうで

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弟が進学のため家をでてぽっつり暮らしをしています。そちらのほうで部落解放同盟の勧誘をされ入会してしまい熱心にフィルムするようになりました。
うちの両親はネグレストの傾向があり教育にも無気配りで熱心に活動について語る弟に無気配りです。うちは被差別部落ではないし そんなフィルムをしていて被差別部落と思われたりしたらと私は心配しています。弟は世間知らずで就職をするときにも履歴書にサークルフィルム欄に部落解放同盟のことを書いてしまったりしないかとか。私は女性で弟ともそれほど仲良くもないですが なにか弟にアドバイスできることはないでしょうか?ボランティアフィルムと勘違いしているうっかりさんなのかもしれません。きっと部落解放同盟の人が優しくて、仲良達のように思っているのかも。人権団体や新興宗教に関わると、プライベートの人間関係がそれ一色になるでしょうし、たとえ就職に有利になるとしても、「そういう人たち」が優先的に働ける職業でしょうから家族としては腕放しで喜べない気がします。いずれにせよ、世間でどう思われるか、平々企業に就職するには不利であるとか、客観的な意見として教えてあげるのがオススメです。
一度どんな活動なのか見にいってみては?思ったよりも、ただ青年部てきな 子ど一個活動みたいなのにキャンプや児童館の催し参加しているのかもしれないし。ただの イメージや憶測で弟さんのコミニティに口出しするのは.とも欲望ます。
被差別部門落と思われたくないと思っている時点で説得は無理だと思います。あなたも相異別をしているのですね。そんな人がまだ存在とは。残欲望です。
回反応になってないかもしれませんが、活動自体はなんら悪いことではありません。悪いのはそこから金銭をせしめたり、フィルムを押し付けるなどすることかと思います。ただ一つ言えるのは、世間はまだまだ正しい部門落の歴史を知らなすぎて、負のイメージだけが先行してしまっているということです。質問者様の言葉の先ずあるように『被差別部落と思われたりしたら』という言葉からも、そういう思いが感じ取れます。それは被差別部落は『怖いところ』、『貧の病しいところ』、という世間のイメージだけが先行し、本当の真実が見えなくなってしまった結果だと思います。わたしも被差別部落出身者ですが心疾しいなんて思ったことはないですよ。むしろ被差別部落に生国てよかったと思っております。なぜかと言うと今時まで教わってきたことが嘘であり、真実を知ったからです。被差別部落とはかつて賎民とされていた人たちの集落のことで、賎民とは穢多、非人以外に各藩によっていろいろな称呼の賎民身分の人たちがいました。なぜ差別されていたのかについては、穢れ観念によるためで、生や御事など不浄とされることに携わる人々を忌避し接触をさけていったことが差別へと繋がっていきました。江戸時代の被差別民の多くを占めていた穢多は農業、商業、工業、皮革業、太鼓製造、雪駄作り、警吏など種々な職業に従事する職能集団でした。しかしその中でも多くの穢多は主として農学に従事していました。しかし一般の百姓と違うところは、農業以外に特権として死雌牛馬取得権や皮革業などの特権を与えられており、さらに下級警察的な仕事も行うなど、農業にプラスしてそれらの職業にも携わっていたようです。このため締まり的には豊かだったのです。百姓や武御方が貧しく生活に困窮する中で、穢多は様々な産業を持ち、経済的に相当安定し、豊かに暮らしていたようです。もちろんすべての被差別部落がそうとは限りませんが、実際に人口推移を見てみますと、江戸期を鑑定家して百姓の人口が減少?停滞しているのに、穢多の人口は着々と増加しております。これは、百姓が飢饉で餓御事?離散、子どもを間引きしていく中で、穢多は経済基盤がしっかりしており、そのようなことがなく自然に人口が増加していったと近年、研究がすすみ明らかになってきました。いままで学校教育や家庭で当たり前のように言われてきた『部落は貧しく、暗く、怖く、かわいそう』などどいうことが実は全く間違った一個であるということが近年の研究で明らかになってきました。また御方農工商という身分制度を江戸時代の身分制度として考えている方が未だに多いのですが、これも全くの間違えです。そもそも江戸時代に御方農工商などという単純な社会構造はなく武御方の下に百姓や町人と呼ばれる一般の人がおり、その横や外に穢多などの賎民身分がいたと考えられております。このようにいままで当たり前のように教わってきたことが誤作動いだらけであったということです。では、なぜ被差別部落の印象はそのように暗い一個だったのでしょうか。それは、かつて同和団体が悲惨な被差別部落の状況を前面に押し出し、同情心によって差別をソリューションしようとした結果だと思います。たしかに、被差別部落は明治4年の解放令以降、特権がなくなり新たに徴軍勢や租税が課せられたことで段々貧しくなっていったのは事実です。いままで言われてきた被差別部落の貧しさというのは、明治以降の被差別部落の状況から言われるようになったことであり、そもそも江戸時代の被差別部落は貧しいどころが経済的に百姓よりよっぽど安定しており、むしろ富豪と呼漏れる人々も多く存在しておりました。ところが、これまで同和団体の主張は一貫して貧の病しさを押し出してきました。それが誤作動いだったと私は思います。また質問者様が関わられた業者の方や一部の同音調関係の方の行動などのせいで差別が解消するどころか、むしろ世間から妬まれ、恨まれ、「同音調は」とすべての部落がそうであるかのように負のイメージを持たれてきました。こんな一部の人たちのせいでまじめに生きてきた部落の人たちが嫌な思いをしているということもファクトです。そもそも、正しい被差別部門落の歴史を学ぶこと、いままでの教わってきたことを覆すような近年明らかになってきた真実をみんなが知るということが大切ではないでしょうか。一部のイメージだけの狭い視野で物事を見るのではなく、真実を知ることで新たな良いイメージを架設できると私は思っています。そこをきちんと知ったお上で、差別や忌避をすることは人の自由です。ただまともことを知らないで、イメージだけで差別や忌避を続けるというのはおかしな話だと思うのです。以お上長くなりましたが質問者様と弟様が正しい道を見極めて歩んでいかれますことを願っております^^。

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